インタビュー・シリーズ
ーinterviewー

第8回対談:「学者はまさかという。ISO1オープンクリーン空間の実現」
興研株式会社 代表取締役社長 村川 勉 氏

岩田会長(以下、岩田):
 ご承知のように、企業は絶え間ない厳しい競争の中で生き残ること、言い換えれば競争力の有無が自明のこととして問われます。生存の審判団は、最終的には提供する価値を認め、対価を支払ってくださる顧客です。
 企業の競争力の最終的な意思決定者は経営者であり、その采配によって企業の命運が分かれます。経営環境が右肩上がりで、事業規模が拡大し続けている時代が去り、人口減少、国内経済規模が縮小傾向をたどり始めた現在では、経営者のかじ取りに課せられた重責は想像を超えるものがありましょう。
 「国内の縮小あるいは縮みの時代」において、経営者はどのように思考し、計画し、行動して企業を誘導していけばよいのでしょうか。思想・哲学と実践の技術の問題です。この問いかけへの正解はなく、経営者一人ひとりの回答は千差万別に違いありません。しかし、先達的経営者が何を考え、何に苦しみ、何に喜びを感じているかなど、「心の琴線」に触れることは、後継者にとっての価値ある参考になるに違いないでしょう。また、経営者が語る本音を知ることは従業員をはじめ、関係のステークホルダの方々にある種の触発を誘起する可能性もありましょう。
 このような思いから、新鋭経営会の経営者の方々と会長とのインタビュー・シリーズを企画いたしました。
 今回は第8回として、興研(株)の村川勉 社長に登場していただきます。

 

岩田:
 このたびは「社長対談シリーズ」でお話を伺う機会をいただきまして、まことに有難うございます。早速、質問に入らせていただきます。
 村川社長が率いる「興研(株)」は、労働安全衛生保護具(防塵・防毒マスク、空気呼吸器など)、オープンクリーンシステム、全自動内視鏡洗浄消毒装置、強酸性水生成装置などを主要事業とされ、クリーン・ヘルス・セーフティの分野で社会貢献を目指しておられると伺っています。
 主要事業における製品の開発にあたっては独創性を重視されており、その典型例は2015度の第6回モノづくり日本大賞内閣総理大臣賞の受賞ではないでしょうか。この製品はクリーンルームでない、オープンな環境で、ISOクラス1レベルのクリーン度を達成したものですが、その性能を書面でみた研究者らは当初信じられず、実物を拝見し、体感して初めて納得し始めたと語られているほど、従来の常識を超えるものでした。
 このような徹底した研究開発型企業の育成には、酒井会長の長年のご尽力のあったことは想像に難くないのですが、ここでは、村川社長が就任されて以降を主対象に、現在、そして次の時代に向けての、想いを語っていただければ有難く思います。
 就任されて以来、経営者として絶え間ない思考と行動を反復されておられると思います。まず、「企業の現時点の特徴」、「経営理念(ミッションや行動指針)」のポイントについて、ご紹介くださいませんか。底辺に流れている理念あるいは思想のあたりからお願いいたします。
 
 

村川社長(以下、社長):
 当社始まってから多くの技術が出てきている中でも「オープンクリーン」はエポックなものだと思いますが、これはエポックを狙って出てきたものではないと思っています。基本的な背景には、先代から続く経営の原点である「人まねをしない」という企業の文化があったのはないかと考えています。人まねをしないというのは、何も商品のみでありませんで、経営のすべてにおいて自分たちで自分たちにあった価値の尺度を作って経営しようという考え方です。これが源流にあると思っています。
 その中で、我われがやり続けてきたこと、また続けていこうとしていることは、三つの「育てる」です。一つは「人を育てる」、二つは「技術を育てる」、三つは「クリーン、ヘルス、セーフティの分野で新市場を育てる」です。これら三つの中で、はじめの二つは当初から積極的に進めていまして、ようやく最近になり強い体質になってきた感じがしています。今回の受賞案件のKOACH以外にも未発表ですが、いくつかの技術が育ってきています。と言ってもこの技術でもって新市場を作っていくレベルには到達していません。新市場を生み出すことは一筋縄ではいかないことを経験し続けているところです。
 
 

岩田:
 いまのお話で「人まねをしない」というのはよく分かりました。ビジネスに対する基本的な思考として、一つは、価値を考え、それを実現する商品や市場を想定し、そのための技術を開発するという流れ、他方では技術を開発し、それをベースの商品や市場を開拓、それによって価値と結びつける、あるいはそれらの混在系、という流れがあるといわれていますが、御社の場合は、どちらの思想に近いのでしょうか。
 
 

社長:
 どちらかというと、現在は技術先行の流れが強いように思います。今後もしばらくはこの流れをとっていくことになると思います。
 
 

岩田:
 すると、技術開発、とりわけ新規技術の開発が重要になってくるように思いますが、社内における技術開発のターゲットはどのような考え方や背景でお決めになっておられるのでしょうか。
 
 

社長:
 もともとわが社は、マスクから出発しています。マスクを対象にしているだけでは経営範囲に限界があるということで、会長時代に、機能の詳細化を検討しました。マスクはクリーンに関する技術をベースにしている、人間の健康を守るためのものである、社会・人間の安全に絡んでいる、ということから、成長の方向を、クリーン、ヘルス、セーフティに決めたのが、領域を決めた背景です。

 

岩田:
 いま述べられた、三つの領域の「技術開発」は、どのような考え方でどのように展開されているのか、が次の興味ある話題になりそうですね。「技術開発」にかかわる基本的な考え方、例えば、開発課題の提案はどのように行われていましょうか。
 
 

社長:
 開発テーマは基本的に技術者が自由に提案します。テーマの採択は最終的には経営者層が行いますが、発想段階は、クリーン、ヘルス、セーフティの分野であれば制限しません。その面から言えば、かなり自由度の高い企業雰囲気が醸成されていると思います。課題提案や選択で最も重視されますのは、冒頭でも述べましたように、「人まねでない」ということです。「世の中にない」「真に役立つ」が私達の開発の原点になります。

 

岩田:
 「人まねをしない」ということは、個人的に大いに賛同するのですが、人まねをしない人、また技術者がいることが前提になりましょう。それら人財を如何に集め。如何に育てるか、そのあたりの考えかたや方法に触れてくださいませんか。

 

社長:
 うまい方法があれば教えてほしいと思うのですが。我々中小企業は人を集めるといっても容易ではありません。我々がほしいと思ってもうまくマッチングしないことも当然のこととして起ります。ですから、基本的には、会社に入ってから勉強してもらうことになります。その時、重視しますのは、個人個人の得意分野で活躍できる人を育てるということです。経営としては、実現を支援する制度や場を提供するように気を使っています。と言っても、場や制度を提供すれば、「人まねをしない人」が育つとは限りません。育てる極意は見つかっていませんので、我々は会議や研究発表会などの機会をとらえて、繰り返し、繰り返し根気よく考え方を語りかける、その中から企業文化あるいは雰囲気として全員に浸透するように努めています。

 

岩田:
 個性的な人材育成の話は実に興味深いですね。企業に人を採用する段階について少し教えてくださいませんか。個性的な人間と成績が優秀な人材は必ずしも対応しないのではないか、ということが従来から語られています。とすると、貴社では採用時に、どのようにして素質を見抜くのでしょうか。

 

社長:
 優秀な大学で優秀な成績をおさめた人が個性的とは限りません。私共は経験的にも別次元で考えたいと思っています。最近の学生は就職対策が十分にできていますから、普通の面接質問では素質は表面化しません。我々の面接は「繰り返し質問」の形式で行っています。疑問の繰り返し、「なぜそう考えるのか」などのキャッチボールを数回以上繰り返します。結果としてですが、学生の思考過程や思考する能力がある程度見えてくる感じがしています。

 

岩田:
 すると、その面接をパスした学生は、入社後、企業文化の中で「人まねをしない人」として寄与するようになるのでしょうか。その人たちの入社後の成長について、ご経験からどのように感じておられまうか。

 

社長:
 素養があったとしてももちろんそれが100%花開くとは限りません。入社後に当社の雰囲気にさらされるとともに、仕事を通じて様々な刺激をうけることによって、ある割合で頭角を現しリーダーへの道を歩んでもらえることを期待しています。その面では、現段階は、ある程度満足のレベルに近づいている感じがしています。

 

岩田:
 繰り返しのようで恐縮ですが、大学にいた人間としては、教育のありかたについて深く考えさせられます。とくに、独創的な人材はどのように育てればよいか、ということについて。もう少し、ご経験をお教えくださいませんか。

 

社長:
 独創性は一つの個性であって大学教育の性格とは必ずしも一致しないように思います。経験の中では、「凝り性」、「頑固」、「マニアック」でありながら人一倍深く考えるといった人から独創的な発想が生まれることが多い気がしています。この際、経営にとって大切と思いますのは、成果をだした人材をうまく引き上げられるかどうか、です。

 

岩田:
 話が、開発課題の提案から、独創的な人材育成へ進んでしまいましたが、少し、開発課題の選定のところに戻させてください。自由度を持った提案課題は、どのような考え方で、そのように集約、選定されるのでしょうか。①課題に取り組む社内の体制や社外との連携、②開発の成否の判断、③事業化への仕組み、などについてご紹介いただけませんか。その実行段階における社長の関わりかたはどのように理解すればよろしいでしょうか。
 また、独創的な製品開発と事業化には、多くの費用と時間が必要となりましょう。これらの問題はどのように考え、障壁を乗り越えていかれるのでしょうか。

 

社長:
 課題選定をご理解いただく前提として、我々の技術開発は大別するとa)短期的製品開発、b)中長期製品開発、c)生産技術開発、d)基礎研究に分けられます。a)、b)及びc)は、売り上げの実績と見通しに連動した予算枠計算式が明示化されておりまして、その範囲で部門ごとに次期に取り組むテーマを取りまとめ、説明を受け可否を決定しています。d)は研究所のテーマということになりますが、売上総利益をベースとした計算式がありまして、その範囲で研究所より次期に取り組むテーマの説明を受け可否を決定します。当然のこととして人まねでないことが前提です。
 当社では取締役及び全技術者が参加する研究発表会を毎月1回行っています。研究開発の成果は全てこの場で報告され、製品としての完成度等についてチェックします。 事業化については幹部会議において、生産設備等の投資額と販売見通しを詳細に検討した上で決定しますが、投資額が大きい場合は取締役会に諮ることもあります。 

 

岩田:
 企業は継続することが最重要な経営課題と言われています。「企業レベル、事業レベルで継続」について、現在どのような状況と判断され、今後に対してどんなことを考えておられますか。

 

社長:
 経営は景気変動などによって大きく変わっていきますので、長期的に数値目標をあげることは考えていません。ご承知のように、当社は長期ビジョンに基づく短期計画で運営しています。変化に対して迅速に対応できる体制に力点を置いているのです。
 事業面でいいますと、マスク事業は現在も企業のメイン事業です。今後、人口減少にともなう労働者の減少、自動化の進展などによってマスク需要は減少していくでしょう。一方、PM2.5 や新たな化学物質へのリスク管理などに見られるように、新たな需要の見込める分野もでてきます。これらを総合的に考えますと、中期的にはほぼ横ばい、あるいはやや減少の方向が予想されます。
 この減少を補い、さらに成長するには新しい事業が必要です。その有力分野がクリーン事業で、現在売り上げが拡大中でして、事業そのものは普及期に入ったとみています。
ですから、事業の主たる運営は営業担当に委ねてもよい状況です。
 さらに将来の布石としてのヘルス事業は、基礎となる技術を育成中ですが、すでに楽しみな種が誕生してきています。現在、社長が中心になって真剣に取り組んでいるところです。

 

岩田:
 三つの事業の状況は理解できましたが、個人的な関心としては、三つの事業の融合の視点があるように思いますが、無謀な発想でしょうか。

 

社長:
 融合問題も考えるべき方向だとは思いますが、現在は各分野を独立で深めることで精一杯といったところです。融合などの見方や方向づけは、経営者マターの仕事だと考えます。といいますのは、技術者は、一般的に、専門領域に限定して問題解決や技術の深化を進めるのが得意なように感じています。

 

岩田:
 もう一点、門外漢の質問ですが、新しく開発された、例えば、オープンクリーンなどの技術の標準化はどんなふうにお考えでしょうか。国際的競争力の確保に繋げられないでしょうか。

 

社長:
 標準化に対しては、少し検討を始めています。従来のクリーン度は、作業をしていない状態をベースにしたものでしたが、現実は作業状態で、どの程度のクリーン度が満足されているかが重要になる場合があります。その意味で、actual clean といった考え方の有効性とその具体的な方法をデファクト化する提案の準備を進め始めています。

 

岩田:
 最近、社長が経営の中で、また、多くのステークホルダとの関係において、嬉しかったとか、あるいは心のときめき(感動とでもいいましょうか)を感じたられたことはありましたでしょうか。あれば、ご披露くださいませんか。

 

社長:
 社長になるまでは技術担当でしたので、社外のご意見を直接に聞くことはほとんどありませんでした。社長になって販売店へ挨拶に伺う機会が増えてきました。その際、自社への商品や企業への期待が、自分の想像以上に高いこと、信頼されていることを知りました。そんな経験をしますと、ほっとした嬉しい気分とともに、頑張りへの刺激を受けた感じなりましたね。

 

岩田:
 今の質問とは逆に、苦しまれたこと、あるいは、いつも頭にあることはありましょうか。
 
 

社長:
 大きな課題という点で言うと、3代続いた同族経営から、始めてサラリーマン経営に変わったことがあると思います。社内では機関車型から電車型に変わるんだよといっています。「先祖帰り」はない状態ですので、従業員のマインドも変わりつつあるような雰囲気があります。この変革がスムースに進み、会社が成長していけるように努力しなければと、これがいつも頭の中を過っています。

 

岩田:
 今後、経営のかじ取りを上手く行っていく上で、サポートしてくれる人材、また次の経営者を育てていくことが重要になってきますね。そのあたりはどのように考えられておられますか。

 

社長:
 非常に大きな課題です。いま、経営者候補を育成する仕組みを考え始めていまして、まもなくスタートさせる予定です。具体的には、次の経営者候補との勉強会を始めます。選抜対象は30代後半から40代前半になりましょうか。その勉強会では我々企業としての「価値観の共有化」や「社員と経営者の視点の違い」が最優先の課題です。

 

岩田:
 今、社長として2年、フレッシュな状態からご覧になって、次世代の経営者を目指す、若い人たちへのアドバイスはありましょうか。

 

社長:
 自分はこれまで、目の前のことをがむしゃらにやってきました。経験不足ですから深いことはいえませんが、経営者像にはこんな感じは持っています。問題が起こった時、あるいは問題に出会ったとき、テクニックを駆使する器用な人よりも、不器用な人のほうがよい。器用な人はいろいろな方法が見えて問題をスッと解決したように見える。しかし、時間が経過すると禍根を残していることが多い。不器用で悩み、苦しみ、愚直な人は根本的な解決に近づくことが少なくない。
 その時々、誠実に愚直に生きること、これが経営者になる近道のような感じがしています。

 

岩田:
 最後の質問に入りますが、前社長から後継の話が合った時、承諾に時間がかかりましたか。あるいはすぐに応答することができましたか。

 

社長:
 後継者の話が出る前に、8年間、勉強会が続いていました。選抜された5名で月1回の勉強会や討論会です。ですから、言われたときは、覚悟ができていました。

 

岩田:
 長時間にわたりお話いただきまして、誠に有難うございました。
 「人まねをしない経営」はまことに興味深いですね。研究開発型企業を目指す企業にとって参考になることが多くあるように思いました。また、創業家から新しく経営を引き継がれ、ご苦労も多いとは思いますが、今後ともご健勝でご活躍されることを祈念して止みません。

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