岩田会長(以下、岩田):
今回は社長インタビューシリーズ第4回として、新鋭経営会の創設期から監事をお勤めいただいた「(株)中村超硬の井上誠社長」に登場していただきます。
井上社長が率いられる「(株)中村超硬」は、ダイヤモンド・ワイヤ事業をコアとして、太陽光発電分野への事業展開を図られ、急速な成長を遂げてこられたと伺っています。その成果は、「ものづくり日本大賞:経済産業大臣賞」などの表彰として社会に広く認知されてきました。同時に、新規に上場を果たされ、株式価額は上場時の2.3倍になるなど、マーケットからも高い評価を受けておられます。
また、この事業の展開にとどまらず、継続的な新しい技術開発をベースに新ビジネスモデルの検討も進んでいるようです。
急成長される企業の経営者として、就任されて以来、多くのご苦労とともに、絶え間ない思考と行動が反復されてきたものと想像いたします。まず、「経営理念(ミッションや行動指針)」のポイントについて、ご紹介くださいませんか。
井上社長(以下、社長):
まず、会社のあり様として、社員が経営に参画できるような企業をつくっていきたい、いえば、社員参加型経営を実践したいと思っています。この思いは年を重ねるにともなって強くなってきました。事業の基本は人にあると言われますが、よき人間が集う場を作らないといけない。その為には、以前からプライベートカンパニーから脱却すべきだと考えていました。これが株式公開ということに繋がっています。
また、企業は絶えず成長ということを指向しています。成長のチャンスを探り、チャンスに向けてチャレンジする社風を醸成していきたいと思っています。昔、勤めていた、ソニーへのよき思いが重なります。チャンスと自分たちの力量との間にギャップがたとえ大きくても、決してギャップに気後れすることなくチャレンジしていく社風、この二つが基本的な経営理念だといえます。
岩田:
社員参画型経営という場合、社員株式持合い方式や経営者選定参画方式など、色々なタイプがあると思いますが、社長が持つイメージを具体的に説明していただけますか。
社長:
私の過去の喜びは「今までなかった新たな事業を立ち上げていく際のリーダーシップをとること」でした。そこは自分の学びの場であり、成長のチャンスだと思っていました。この経験をベースに、私がいう「社員参画型経営は新しい事業を興していく、その中でリーダーシップをとる、苦労するけれども結果を出し事業を成長させ、そして喜びを体感できる」といったことを意味しています。
岩田:
そうすると、新しい事業を実質的にリードしていける社員の方々を増やそう、という理解でよろしいですか。
社長:
はい。いま企業の取締役は40歳台ですが、それぞれが新しい事業を興し、チャンスを生かした成功体験をもっています。今後も同様な役員を増やしていきたい。そのためには新しい事業にチャレンジしていく社風が必要となってきます。
岩田:
今、取締役は何名いらっしゃるのですか。
社長:
常勤は私とあと3名の計4名です。夫々が三つの事業と管理部門をみています。
岩田:
今後は今の取締役の次の候補を育てる。
社長:
部長や課長を育てる場のための新規事業を立ち上げようとしています。今回、沖縄に工場を新設しました。これは一大事業ですが、この事業を育て、成功させることによって新しいリーダーが育つと思います。
岩田:
なるほど。新しい技術開発のみでなく、新しい事業という視点でもリーダーを育てるということを含んでいる。
社長:
そのとおりです。
岩田:
育てるにあたっては、従業員の持っているモチベーションや能力が問われてきますね。
伸びてほしい、方向づけもした、場もつくった、という環境を整えても、なお達成できない、願いに適わないということも起こるのではないでしょうか。その場合はどんな風に後継者たちを育てればよいかという点、このことも喜びや苦しみを伴うでしょうが、どんな風にされているのでしょうか。
社長:
結果として、取締役から部長へ降格させたことがこれまで二例あります。その人達は、また時間をかけてチャレンジして取締役へ再昇格しました。
人間というのは成長する速度や力量が異なりますから、結果の出方も異ってきます。一般に、経営というのは厳しいものですから結果に拘わらねばなりません。しかし、「あきらめることなく人を育てる」ということにも絶対に取り組んでいきたいと思っています。会社の経営を危うくすることはできませんから厳しく判断しますが、再度チャレンジするチャンスは適格に与えます。
私自身が人を育てるとともに、自分も経営者としての力量が不足で成長している最中ですから、自らがチャレンジ中だと理解しています。
岩田:
「人を育てる」ということの判断は非常に難しいですね。抽象的な議論はできても具体的問題となると苦しみの連続かと思いますよ。経営者の立場で考えられたら、恐らく評価の基準のようなものが必要になってくるのではないでしょうか。例えば、「降格させる」ときの判断基準は如何でしたか。
社長:
評価は非常に難しいと心底から思います。ただ、経営数字は明確にでてきます。これに基づいた経営判断は必須です。ただ、それ以外に姿勢や信頼感など定性的な判断をミックスさせて判断します。
大量の事例を持っているわけではないのですが、個人の経験でいいますと、降格の場合、本人と向き合い、降格の理由を納得させられるかどうかが本質的に大切だと思っています。いいかえますと、部下に向き合うことで、自分が明確な基準をもっているかが問われることになります。
岩田:
人の評価においては、相手が納得できるまで話しあう場をもてるかどうか、もう少しいうと、説明責任を果たせるかどうかがキーになってくる、ということを指摘されているように理解しました。貴重なご経験に基づいたノウハウを、文章として残していただけると有難いですね。
ところで、経営者としてのこれまでの歩みの中で嬉しかったこと、心のときめきを感じられたことはありましたでしょうか。
社長:
経営という面で見ると、楽しいのは今であり、今後であろうと思っています。それは今、組織としてやっと軌道に乗り始め、回りかけ、好循環をもたらしつつあるということ、新事業の拡大が見通せるようになってきたからです。
岩田:
逆に、苦しみの体感は如何ですか。例えば、自己資本率0.3%になり、産業革新機構から資金注入を決断した時とか。
社長:
苦しみという感覚はあまりなかったように思います。というのも産業革新機構から資金注入のときは,「うまくいかない時は、自分の身を切る、退社する」という、大きな覚悟を体感しましたが、経営者としての事業に向かうモチベーションは落ちていませんでした。
岩田:
覚悟の体感はこの時が始めてでしたか。
社長:
一回だけです。それまでは基本的に自社の責任範囲で資金のやり繰りができていましたが、産業革新機構の際は、リーマンショックの後遺症と新規事業立ち上げが重なりました。リーマンショックで売上が70%以上の減少となり、新事業「ダイヤモンド・ワイヤの開発」は完了しており、資金需要が増大していました。このような状況を受けて産業革新機構から12.5億円の出資を受け、覚悟への流れとなりました。
岩田:
その後、企業の業績が好転していくまで、タイムラグはありましたか。
社長:
えー。2011年から2013年までの3年間がまさにタイムラグでした。またその間、太陽電池不況に遭遇し、厳しい時期を過ごしました。
岩田:
好転し始めたのはその後ですか。
社長:
2014年に入ってからです。決算では2015年度からとなります。
岩田:
回復の一番大きな原因はどのように見ておられますか。
社長:
私が思いますのは、ダイヤモンド・ワイヤを販売するビジネスモデルが効果を発揮したのではないかと。我々は従来から、工具の販売の難しさを体験から学んでいましたので、中国でダイヤモンド・ワイヤを販売するにあたり販売安定化のために、当社独自の「ユーザサポート力」で顧客を囲い込み、製品価値を向上させる、独自のビジネスモデルを意図的に構築しました。具体的に言いますと、当初の段階は、顧客である中国のウエファ企業を育成し、ダイヤモンド・ワイヤの使用技術を教育いたしました。この顧客は使用技術をベースに素材の切断を行いました。顧客の使用量が拡大するにともなって、我々のワイヤの販売量も拡大いたしました。
最近はこの流れは少し変化してきています。まず、ダイヤモンド・ワイヤの細線化など新技術の開発が先行し、顧客をこの新技術に誘導するように仕向けます。新技術の使用方法を教育し、販売量の増加を図ります。この新技術の開発により、国内もしくは中国の競争企業との間で競争優位を築けるようになりました。
岩田:
ビジネスモデルをうまく使うことによって企業業績は向上したようですが、その背景には「技術開発」があるようです。技術開発の基本的考え方、例えば、①開発課題の選定の考え方, ②課題に取り込む社内の体制や社外との連携についてご紹介いただけませんか。
社長:
技術開発の種に出会うチャンスはオープンイノベーションなど、最近は多くなってきていると思います。
その開発課題の種の選定では、主に次の三つのことを考えます。まず、第一は、社会に役に立つ、あるいは人の暮らしに役に立つのか、二つは、我々は常に少し背伸びをしたいという願望をもっていますが、それが自社の方向と親和性があるのか、三つは、他社に対して競争優位になれるのか、将来のことは見通せないとしても可能性を感じられるのかどうか、他社の後追いでないか、大企業が資金を投じれば実現できるものは避ける、といったことです。
また、社内体制と社外との連携では、必要な人材は適宜獲得することを行っており、このためにあらゆる出会いの可能性を追求しています。さらに、産学連携は積極的に活用しますが、その連携に際しては自社の存在感を失わないように気を付けます。
岩田:
開発課題の選定に際して、社長の関わり方は現在どのようになっているのでしょうか。
社長:
現段階では、いいか悪いかは別にして、課題選定のすべての面で私が絡みます。例えば、大学の先生方との共同開発、オープンイノベーションに対する対応、研究会や情報交流会など、発端となる窓口は私が起点となっています。
しかし、いま社長としての務めは、このような発端を担える人財を育成することだと
強く認識しているところです。バトンタッチできる、感性を働かせ、積極的な行動力を持った人財の育成へのチャレンジです。
岩田:
次に、企業の経営課題に移らせてください。最重要な視点は、成長と継続ではないでしょうか。これら点について社長は今どんなことを考えておられますか。企業レベルと事業レベルの両面で。
社長:
企業の継続性ということでいえば、市場なり、経営環境は大きく変化します。変化の起こるのが自然です。その変化に対応可能な経営陣の育成がないといけないと思っています。危機に際して、事業の一部中止など、様々な判断ができる人、やるやらないは別として、頭の中でその判断を考えることのできる人が何人いるであろうか、この人の有無がキーになると思います。
平常時に経営できる人はすでに育ってきていますが、会社がピンチになったとき、前面に立てる体験をした人は、現在いませんので、私がそれらの時の対処やサバイバル能力について語り継ぐことを考えています。
それと、企業の継続性で大切なものは、過去の経験で言うと、お金だと思います。お金がなくなると会社はつぶれます。リーマンショックの経験から、会社が絶好調のときに、どれほど豊富な資金を手許に蓄えられるかということがポイントです。蓄えられていないと非常に苦しむことになります。
「お金を集める資金調達」と「危機がくるということの予見」の二つへの配慮が最も重要なこと、といえるのはないでしょうか。
岩田:
非常に大切なことを話していただいたように思います。危機予見に対する客観的なデータの把握力とともに一種の勘を磨いておくことが必須でしょうが、これに役立つご経験を後継者に文章や情報媒体を利用して、記録として残しておくことは可能でしょうか。
社長:
今、自分の体験を纏めて話ができるように準備をしているところです。
岩田:
次に、企業生存とも絡みますが、今後3年程度のスパンで解決したい課題をご紹介ください。
社長:
主力事業である、ダイヤモンド・ワイヤ事業は、いま伸び盛りですが、グローバルトップとなるための事業体制を考えています。そのためには競合他社との競争優位の確立が必要となってきます。主な視点はコストパフォーマンス、サービス、そしてパートナーシップです。パートナーシップに関しては、いま中国の国営企業との間で戦略的パートナーシップを締結する準備を進めています。それは我々の持っている加工事業の種々のノウハウに魅力を感じていただいたことによるものですが、これによりグローバル化が可能となります。
2016年4月段階の、ダイヤモンド・ワイヤ事業の単体の売上は約47億円であり、これから50%ぐらいの割合で伸びていくものと思っていますが、今後はグローバルトップを維持するための体制づくりが必要となります。これらが3年以内の課題となります。
一方、新事業に関しては、二つの事業が一定レベル以上の存在感をもてるように育てていくことが課題となります。具体的には、産総研との共同開発「創薬開発用全自動フロ―合成装置」関連事業、並びにナノゼオライトを含む「環境適応型セラミック材料」の両分野で、それぞれ数億円から十億円程度の売上高となるように持っていくことです。
これにより、企業の事業構造の安定性という面でポートフォリオの分散がはかられるのではないかと思います。トータルでみると、3年後の当社の売上高は150~200億円ぐらいを想定しています。
岩田:
良く分かりました。経済は常に波動現象をともないますから、あまり先のことは不透明でしょうが、もう少し長期のスパン5年から10年ぐらいを見たときに、どのようになると思われますか。その際、どのような要因を特に考慮すべきでしょうか。
社長:
主力事業である太陽光発電の全体のパイは急激に拡大することはないでしょう。しかし、我々の事業は技術転換ですので、お客様から見ればダイヤモンド・ワイヤに置換することによって生き残りを賭けることになります。ですからこの5年程度は成長が持続されるものと思います。
他の事業の工作機械や産業機械の関連部品は徐々に増加はするでしょうが、すでに売上高が10億円程度になっていることから見れば大きくは動かないものと推測しています。
岩田:
企業全体の計画ということで言えば、中長期計画を立てておられるのですか。
社長:
長期計画は立てていません。3年の中期計画のみです。3年計画を繰り返していくという形です。しかし、5~10年先を見ることも必要で、我々が思っているのは「コア技術をリフレッシュする」「コア技術を新たに獲得する」ことを続けるという共通概念を持つようにしています。言い換えますと、コアコンピタンスを持つコア技術を獲得することを目指して実行してくこととなります。実行・実現への強い意欲です。これにはやはり感性に優れ、実行力を持った人財がキーでして、如何に優れた人財を発掘・育成するかが問われてきます。
岩田:
人財育成は究極的、根源的な問題ですね。ところで、井上社長ご自身の人生観や人生哲学をお教えください。
社長:
私個人が思います、一番大切なことは「誠実さ」であると考えています。そして絶えず現状に満足することなくチャレンジを続けること、その姿を社員に見てもらうことだと思います。
そして、経営活動で最も大切で基本的な場は「現場」であると固く信じています。営業の現場、開発の現場、研究の現場など、あらゆる現場で進行していることを肌身で理解すること、一言で言えば、現場第一主義を貫きたいとの思いが根幹にあります。報告書だけを見て判断することは避けねばならないというのが経験則といえましょうか。
岩田:
最後に、私共の「新鋭経営会」の活動に対するアドバイスや期待をお聞かせください。どのような経営者の参画が望まれるかも含めて。如何でしょう。
社長:
自分のこれまでを振り返りますと、大きな転換期があったように思います。50歳のころです。そのころ、「5社連合」と呼ばれる経営者の切磋琢磨の会に参画しました。3人の社長は自分より年齢が上で、会合は親睦的な雰囲気も生まれ始めていました。ところが一人だけ自分より10歳若い社長がおられました。この社長の活動を知るにつけ、心底から刺激を受けました。刺激というよりは焦りを覚えたものでした。今の自分ではいけない。とことん努力しないと追いつかない。この時を契機として、自分の心の持ち方は激変したと、いま思い出しても変化の自覚が脳裏をよぎります。この時以来、新規事業創出(R&D,産学連携)へのアグレッシブな取り組みを始めたのです。申し上げたいことは、刺激が如何に大切か、成長の糧になるかということです。
この意味で、新鋭経営会は「相互に刺激を与え、与えられる場」であってほしいと願っています。自社の若手の役員が参加させていただいている主目的は、そのような期待に基づいています。
岩田:
企業成長の成否は人にある。人財は根源的問題ということへの思いを深くし、再認識させていただきました。長時間にわたり貴重なお話を聞かせていただきまして、まことに有難うございました。中村超硬のますますのご発展とともに、社長のご健勝を祈念いたします。